―タラの港―

 海からの風がとても心地よい。私は大きく伸びをした。
 ようやく辿り付く事のできた憧れの地、プルト。ここで、私はどんな人と巡りあい、どんなふうに暮らすことになるのだろう。興奮と、ほんの僅かな不安を心に秘めて、私は歩き出した。



―港前―

 少し歩くと開けた広場のようになっているところに出た。そこでは子供達が遊んでいる。そこから右に折れたところには浜が見えた。地図で確かめるとそこには「バスの浜」と書いてあった。
 とにかく評議長に会って入国手続きを終わらせないと。きょろきょろを周りを見渡すと、一人の男性が目に入った。年も近そうだし、あの人に聞いてみよう。


「あの、すみません。ちょっといいですか?」

???
「何か?」

 そう言って振り向いた彼の顔をじっと見ると、私と同じくらいの年齢の人だった。すらりとした体躯、整った顔立ち。翠玉に似た色の瞳と、白い肌が特徴的だった。

???
「見かけない顔だね。移住者の人?」


「はい。それで、評議長さんを探しているんですけど。どちらにいらっしゃるか分かりますか?」

???
「お祖母ちゃんか。今だったら家に戻ってると思うけど」

 彼は顎に手をあてて首をひねっている。
 …おばあちゃん? 思いもがけない言葉に私も頭を傾げた。

エヴァン
「あ、僕はその議長の孫でね。名前はエヴァン。どうぞよろしく。おばあちゃんがいる場所だったね。案内するよ」

 エヴァンさんに連れられて私も歩き出した。その途中、簡単な自己紹介を彼にする。
 しばらくして辿り着いた評議会館はその権威を示すように壮麗な建物でったが、想像いたよりもこじんまりとしていたので少し驚いた。しかし、このプルトの規模を考えればこの程度で事足りるのだろう。

エヴァン
「この会館の奥は人が住めるような作りになっていてね。議長になるとそこに住むことになるんだよ」

 エヴァンさんはそう説明した後、会館の奥のほう、住居部分に辿りつくとエヴァンさんは扉を叩いた。

エヴァン
「お祖母ちゃん、いる?」

???
「はいはい。いるわよ」

 奥から女の人の声がした。がちゃりという音とともに扉があくと、そこから見事な赤毛の女性が現われた。本当にこの人がエヴァンさんのおばあさん?と疑問に思わせるくらい若々しくて、可愛らしい女性だった。

???
「あら、エヴァン。何かあったのかしら。って、あら、隣の子は…」

 エヴァンさんと私を見比べていた議長さんは、なぜかその後、目を輝かせた。

???
「あらまあ! なあに。昨年成人したばかりなのにもう結婚の報告? 早いわねえ。私は絶対にダインのほうが先だとばかり思ってたわよ!」

 け、結婚!?

エヴァン
「違うよ! お祖母ちゃん、彼女は今年やってきた移住者さん」

 慌ててエヴァンさんが私を彼女に紹介してくれた。目を丸くしている彼女と目があって、そこで慌てて頭を下げた。


「あ、あの、はじめまして。ついさっき到着したばかりで」

カナン
「ああ、あなたが。あはは、ごめんなさいねえ。間違えちゃって。そうよねえ、いくらなんでもカタブツのエヴァンがこんなにも早く相手見つけてくるわけないわよねえ」

エヴァン
「お祖母ちゃん…」

 尚も笑っている議長さんにエヴァンさんは呆れ顔だ。

カナン
「ごめんごめん。それじゃあ、改めて、ようこそプルト共和国へ。わたしはカナン。この国の評議長よ。それじゃあ、手続きなんて面倒なもの、さっさと済ませてしまいましょうか。少し待ってね。書類を持ってくるから」

 議長――カナンさんは、部屋の奥のほうへ行ってしまって、私達は玄関に二人残された。

エヴァン
「あの、ごめんね、いきなり」


「いえ、全然構いませんよ」

エヴァン
「吃驚したかな。ああいう人が議長をやってることに」


「そういうんじゃないですけど…。なんというかエネルギッシュな感じのする方ですね。若いといえばいいのかな…」

エヴァン
「はは。そうだね。いつまでも若々しい人だよ」

 そう言うと、エヴァンさんは笑った。

エヴァン
「…っと、いけない。ちょっとこれから用事があるんだ。これで失礼してもいい?」


「あ、はい。すいません、時間を取らせてしまって。どうもありがとうございました」

エヴァン
「――また会えるといいね」

 笑顔で去っていったエヴァンさんと入れ替わるように、カナン議長が書類を持って奥の部屋から出てきた。

カナン
「あら、エヴァンは?」


「あ、もう行かれましたよ」

カナン
「あら、そうなの? 折角だから国の案内でもさせようと思ってたのに」


「用事があるって言ってましたから。それに、一人で新しい発見を楽しみながらぶらぶらするのも良いかなと少し思ってます」

カナン
「それもそうかしらね。…思い出すわ、私がここに来た時のこと」


「議長さんも移住者なんですか?」

カナン
「ええ、ちょうどあなたくらいの頃だったかしらね」

 へえっと思う。境遇が似てるなんて思っても見なかった。
 けれど、移住者でも頑張れば議長になれるんだ、とも思った。
 そして、それを成したこの人はやっぱり凄い人だとも。

カナン
「それでは、こことここにサインをお願いね」

 私はすらすらとサインを加えた。

カナン
「これであなたもプルト国民よ。何か分からないことがあったら、なんでも気軽に聞いてちょうだい。ああ、そうそう、私は堅苦しいのは苦手だから、気安くしてくれて構わないからね」

 はい、と私が言うとカナン議長はにっこりと微笑んだ。

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