「風呂に行かないか?」
 食事を終えて、腹を満たしたところでそう提案したのはシグルドだ。
 ナ・ナル島でのキカの用事を無事に終えたハーヴェイとシグルドの両名は、たまには陸での休息もいいだろうとそのままナ・ナル島で宿を取ることになり、今に至る。
「風呂? 別にいいけど」
 そして、何の疑問も持たずにハーヴェイもその提案を受け入れた。

 風呂へと向かうハーヴェイは、鼻歌混じりで足取りも軽い。一仕事も終えて腹も満足して安心しているのもあるのだろう。そんな機嫌の良い彼の後ろをシグルドはついていった。
「お前と一緒に風呂に入るなんて久しぶりだな」
「そうだっけか?」
 目を細めて微笑むシグルドとは裏腹に、ハーヴェイは微かに首をかしげただけでそれほど興味なさそうな様子だった。純粋に風呂に入れることだけが嬉しいらしい。
 まあ、警戒心がないならないで好都合なのだけれど。
 内心を悟られないようにシグルドは心の中でほくそ笑んだ。

 風呂場に着くと、そこから広がる景色に二人は目を奪われた。小高い丘に位置するこの宿ならではの眺めだ。
「ほう、結構いい眺めじゃないか」
 シグルドは関心するように顎に手を当てて、そう言う。
「こういう景色見ながら入るのって気持ち良いだろうな!」
 ハーヴェイの口調は相変わらず明るい。
「今日は俺たちしか泊ってないらしいからな…ゆっくり羽を伸ばせそうだ」
「貸切状態ってわけだ」
 ハーヴェイは待ちきれないとうふうに、いつものように乱雑に服を脱ぎ散らかして、浴場のほうへさっさと入っていってしまった。シグルドは呆れながらハーヴェイが脱ぎ捨てた服を畳んで籠の中へと入れた。
 少しして、シグルドが浴場のほうに行くと、既に湯船に浸かる相棒の姿。
「おい、ハーヴェイ…身体を洗う前に湯船に入るな!」
「ああ? 洗ったぜ」
 あんな僅かな時間で身体を綺麗に洗えたとは到底思えない。シグルドは呆れてため息をついた。
「前に見たお前の洗い方で、汚れが落ちるわけがない」
「そうかぁ?」
「そうだ。ほら、こっちにこい。…手本がてら洗ってやるから」
「洗い方のてほどきって、俺はガキかよ。ったく、面倒くせえなぁ」
 渋々といった様子でハーヴェイは湯船からあがると、大人しくシグルドの前に座った。
 シグルドはそんなハーヴェイの背中を丹念に洗い始める。
「お、気持ちいい」
 そう言ったハーヴェイの声は弾んでいる。
「人にやってもらうってのもいいもんだな。あ、ついでに髪もやってくんねえ?」
「仕方ないな今日だけだぞ? …お前本当に立派な髪質だな」
「真っ直ぐで融通がきかねえんだよな」
 そのまま大人しく洗われていたハーヴェイは、途中からそのあまりの気持ちよさにかうつらうつらとし始めた。覗くと瞼が半分ほど落ちていた。
「おい、寝てくれるなよ、ハーヴェイ。お前をおぶって帰るのはごめんだからな」
 それを聞いているのかいないのか、うーん、とハーヴェイは夢うつつに返事をする。どこまでも自由気ままな相棒の様子に呆れながらも、そろそろ頃合かとシグルドは心の中で笑んだ。
 石鹸を泡立てると、背中から脇腹や腰周りまで腕を伸ばした。
 さすがにそれにはハーヴェイも驚いたらしく、それまでの眠気を全て吹き飛ばして、その場に飛びあがった。
「お、お前、何やってんだ…!」
 後ろを振り向くとそこにはいつになく悪戯そうな笑みを浮かべるシグルド。
「何って…もちろん洗ってやってるんだが?」
 くくっと笑いながら、シグルドは続けて片手は脇から次には腿に、そしてもう一方の手は腹へ胸へと這わせていく。ハーヴェイはそのくすぐったさに背を丸めて悶えた。
 シグルドの手の動きは滑らかで優しくはあったが、どこか淫らだ。その動きと触れた部分から伝わってくる相手の熱に、ハーヴェイの情欲が次第に呼び覚まされていく。
「や、やめろって…おい…!」
「我慢しろ…すぐ終わらせるから」
 それから足のほうを探っていた手が、ハーヴェイのものに伸びた。
「うあ…!」
 敏感なところを触れられて、びくんとハーヴェイの身体が反応する。
「な…! 何してんだよ、お前…! やめろって…!」
「石鹸をつけてるからよく滑るな。…ああ、いきたかったらいつでもいっていいぞ」
 いつになく楽しそうにハーヴェイのものを愛撫するシグルドとは裏腹に、ハーヴェイのほうは恥辱で真っ赤になっている。
「くそ…っ! ん…!」
 手の中のものが大きさを増してきて、ああ、そろそろだなと思ったその瞬間。

「てめえ…調子に乗るなってんだ…シグルドっ!」

 ハーヴェイが後ろを振り向きざま、シグルドの身体を力任せにその場に引き倒した。
 え、と何が起こったのかわからないまま、情けない体勢でその場に倒れこんでしまったシグルドに、ハーヴェイは圧し掛かる。
「な、何をするんだ…!」
「何をするって、決まってんだろ? 煽ったのはお前のほうだろうが」
 獣のような目で見下ろされて、シグルドの背筋がぞくりと震える。
「丁度いいや、これ使わせてもらうぜ」
 何をと驚く間もなく、ハーヴェイは石鹸を少しあわ立ててシグルドの後ろに塗りこんでいく。
「や…めろ!」
 抵抗しながらも、これまでに何度も開かれてきた身体はすぐに熱を帯び始める。そして、身体だけではなく、心までもがうずいてしまうのを止められない。
「やっぱり少しぬるぬるすんな。でも、よく滑りそうだ」
 さっき自分でも言ったその台詞を別の意味でそう言われて、シグルドはぞっとした。しかし、そのまま無骨な指を中に突っ込まれかき回されると、一気に中心に熱が上がる。
「嫌がってても体は反応してるじゃねえか」
「う、あ…、…!」
「俺も洗ってやるよ。さっき洗ってもらったお返しに、な」
「俺はっ…いいっ…。…うあっ、ああっ」
 前と後ろの両方から攻められて、シグルドの背がのけぞった。その敏感な反応に、ハーヴェイの瞳が更に鋭くなる。
「もうちょっと遊んでもいいけど、俺も限界だしな」
 指を引き抜くと、ハーヴェイはシグルドの足を折り曲げて、自分の猛ったものを指で慣らしたシグルドのそこに押し当てた。反射的にびくりとシグルドの身体が震える。
「お、おい、続ける気か…っ!?」
「だって、今日は俺ら以外に客がいないんだろ? だったら問題ねえじゃねえか」
 そのままぐいっと押し入れられ、その衝撃の強さに思わずハーヴェイの背に掴まった。
「お、滑る滑る。これだけ滑れば、お前も痛くねえよな」
「このっ…ああっ!! そんなこと、いちいち、言うなっ…ふ、ぁっ…!」
 声が反響するからか、思ったよりも大きな声が漏れて、シグルドは慌てて唇を噛んで声を押し殺した。
 身体は反応していても、どれだけハーヴェイを求めているからといって、この立場にはどれだけ経っても慣れやしない。やはり自分の根底は「男」であるらしいとシグルドは思う。
 受け入れている部分がひどく苦しい。
「ん、いい声」
 ハーヴェイはその熱を帯びた艶やかな声に満足して、ぺろりとシグルド唇を舐めた。それから徐々に動き出す。最初はゆっくりと、途中からだんだんと激しく。
 シグルドの身体も、そして思考もそれに合わせてぼんやりとゆらゆらと揺れていく。

 ああ、結局はこうなるんだな――

「ああ…、すっげえ気持ちいい…」
 情欲のこもった目で見下ろすハーヴェイからの口付けに応え、繋がった部分からもれる濡れた音をどこで遠くで聞きながら、シグルドは思う。

 きっとそれも当然なのだ。
 いつも――いつも、そんな目で求められてしまったら、抗えるはずがないではないか。
 どれだけ逃げたところで、お前は俺をあっさりと捕まえてしまう。
 一度捉えられてしまったら、抜け出すことなんてできやしない。
 だから、お前がそうしたいというならば、この欲望は内に押し留めて、甘んじて受け入れよう。
 お前がしたいようにすればいい。
 お前になら、こんな自分を晒したっていい。
 お前なら、いい。
 ――好きだ、ハーヴェイ。

 だが、それでも、やはり途中から体勢を入れ替えられてしまうのは屈辱ではある。
 途中、風呂場だと後始末が楽でいいな、とすっきりした顔で呟いた相棒を無視して部屋に戻ってくると、シグルドはハーヴェイを鋭く睨み付けた。
「今度は覚えておけよ…俺がやってやるからな」
「ちょっと調子に乗ったのは悪かったって」
「ちょっと? あれだけ好き勝手にやっておいてちょっとだと?」
「でも、先に仕掛けてきたのはお前だろ。えーと、だから自業自得ってやつじゃねえか」
 珍しい正論に、ぐっとシグルドも口を噤むしかなかった。
 その通りだ、結局仕掛けたのも、その後のハーヴェイの行動にも許してしまったのも自分なのだと自嘲する。
「…まあ、いい、俺はもう寝るぞ」
 ため息をついてシグルドが寝台にもぐりこもうとシーツを上げると、そこにハーヴェイが横から強引に入り込んだ。
「お、おい、なんだ」
「一緒に寝ようぜ」
「お前、まさかまたやるつもりか…?」
「眠くてそれどころじゃねえよ。…たまにはいいだろ」
 腰に抱きつかれる。そこから見上げるハーヴェイの少年のような笑顔にシグルドは毒気を抜かれた。
「仕方ないな」
 笑顔を返すと、ハーヴェイは安心したようにそのまますとんと眠りに落ちてしまった。そんな子供のような男にシーツを被せて、シグルドも目を閉じる。

 陸で向かえる穏やかな夜。

 いつも以上の温もりを身に感じながら、シグルドもやがて訪れた睡魔に身を委ねた。


*

まさにやまなしおちなしいみなし…そういうシーンのみで構成されております;
お風呂場はシグハー向けのシチュだよなぁと思いつつ、途中でハーシグに入れ替えました。
た、楽しかったです…(目逸らし)。

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