ハーヴェイが酒瓶を両手に抱えて海賊島のシグルドの自室――といっても、本が積まれた部屋の一部を布で仕切っただけの簡素な部屋ではあったのが――を訪れたのが、小一時間ほど前。
 それから、間を空けず、ハーヴェイは酒―ラムを空け続けている。
「ハーヴェイ、飲みすぎだ。ふらふらしてるじゃないか」
「そうかぁ?」
 隣で控えめに飲んでいたシグルドは、ため息混じりに空になった酒瓶を片付け始めようとしたが、その手をハーヴェイに捉えられてしまった。
「ほら、お前ももっとのめよ」
 シグルドの肩に腕を回して酒をすすめるハーヴェイの姿は、酔っ払い以外の何者でもない。
「俺はもういい。お前もその辺でやめておけ」
 そう窘めて、振り落とすように肩に乗せられた腕を下ろすと、シグルドは再度ため息をつく。
 この男の酒癖の悪さはどうしたものかと常々思うのだ。
 仲間達とつるんでのんでいると羽目を外して大騒ぎ、疲れ果てて寝入ってしまい、後で自室まで連れ帰ることになるのはシグルドの役目。こうして二人きりでのんだらのんだで、どれだけ窘めても言うことなど聞かずつぶれるまで飲み倒す。
 頼ったり、甘えてくれるのは決して気分が悪いことではないのだけれど。さすがに限度というものがあるだろう。
「ちっ、付き合いわりいな」
 しかし、やはりハーヴェイはそんなシグルドの言うことに耳など貸さず、更にそれを流し込み続ける。酔っ払いというのは常に自分勝手なものである。
「お前な、いい加減に…」
 そこまで言いかけたところで、ハーヴェイが、うっ、とテーブルに突っ伏す形で倒れた。
「おい、大丈夫か! ハーヴェイ…ハーヴェイ!?」
 さすがに慌ててハーヴェイをゆさぶる。ハーヴェイの身体がそれに従ってがくがくと揺れた。
 暫くされるがままのハーヴェイだったが、やがてのろりと、うつろな目をシグルドに向けた。
「…シグぅ、きもちわるい…ねむい…」
 ハーヴェイは情けない声を出して、再び目を閉じた。
 結局いつものことかとほっとするのと同時に呆れた。シグルドは何度目か分からないため息をつく。
「おい、ここで寝るな…まったく」
 ハーヴェイの身体を抱えて――俗に言うお姫様だっこというやつだ――近くにあった粗末な寝台に運んだ。ハーヴェイは、うー、と唸りながらも大人しくされるがままになっている。
「そんなになるまで酔うなと言ってるだろう」
 降ろすと、寝台がぎしりっと音を立てた。
「わりい…いつも迷惑かけてんな…」
 そう呟いて、ハーヴェイはシグルドの服の裾をぎゅっと握り締めた。その行動にシグルドは思わず目を見開く。見ればシグルドを見上げるハーヴェイの瞳は酒の効果によってだろうか、かすかに潤んでいた。
 ――ふむ、普段はつくづく身勝手な男ではあるが、意外と可愛らしい一面もあるではないか、とシグルドはふっと笑った。
「俺なら構わんが、キカ様にこんな格好見せるなよ」
 そして、ハーヴェイの頬に軽いキスを贈る。
「おう…」
 ハーヴェイの顔が酒気を帯びているというのとは別の理由で赤に染まった。
「ん…ちょっと寝る…」
 しばしうとうととまどろんでいたようだったが、やがてそれも寝息に変わった。
「そんなに酒に頼っていると、身体を壊すぞ」
 ぽつりと呟いてみる。しかし、既に夢の中の住人であるハーヴェイから返ってくるのは穏やかな寝息だけ。
 暫くその安らかな寝顔を眺めていたら、その住人が不意に小さく言葉を紡いだ。
「…クールークと戦う…!」
「…、すっげえ肉だらけだー…」
「キカ様ー…」
 シグルドは目を丸くした。
 全くこの男はどんな夢を見てるのだろう。シグルドは笑う。だけど、お前らしい、とシグルドはハーヴェイの横に座ると、顔を覗き込んだ。
「ハーヴェイ」
 短く名前を呼んで、長い指でその髪を梳く。そして、指は髪から頬へ、頬から再び髪へ。起きる気配はない。もう一度、シグルドはその髪に指を絡めた。

「…シグ…ずっと…傍にいろ…、…」
「えっ?」
 暫く静かだった男が再び口を開いたかと思ったら、無意識にうちにその手を伸ばし、隣にあったシグルドの身体を抱き寄せてきた。
 シグルドは慌てて身体を剥がそうとしたが、不意に思い直した。
 もしも相手が夢の中なら、少しくらい寄り添っても構わないだろうか。少しだけ。ほんの少しだけ。
 何かに言い訳するようにそう心の中で呟いて、シグルドはハーヴェイに擦り寄った。
「傍にいるだろ、いつだって」
 小さく答えた。
「もっと…近くに…」
 まるでシグルドの言葉に答えるように、更に強くぎゅっと抱きしめられて、さすがに今度はぎょっとしてもがいた。苦しい。
「ん…? シグルド…?」
 ハーヴェイの目が徐々に見開かれて、ぼんやりと腕の中にいる黒髪の男を見つめた。
「ハーヴェイ、は、離せ…離せって…。苦しいだろう」
 しかし、ハーヴェイは腕の力を少し緩めつつも、抱きしめるのをやめない。
「…えっと、本物だよな…?」
 えっ、と思う間もなく、口付けられた。
「ん…この感触はやっぱり本物だな」
 すぐ前にある緑の瞳が細められて優しい笑みを作る。
「夢んなかでお前が添い寝してくれててさ。目ぇ覚めてもそうだったらいいのにな、って考えたらこれだぜ」
 嬉しそうに笑うハーヴェイとは裏腹に、シグルドの全身には一気に熱が回った。そうだ、一体何をしていたのか。恥ずかしい。
 それを悟らせないように、勤めて冷静を装いながらシグルドはもがいた。
「離せよ、俺は片付けなければならない」
「片付けなんて後でやればいいじゃねえか」
「バカを言うな、そういうわけにはいかん。だいたい、余分な仕事が増えたのは誰のせいだと…」
「このままいちゃいちゃしようぜ」
 聞く耳を持っていないらしいハーヴェイは、さっさとシグルドを下に組み敷いてしまった。
「…何のつもりだ」
 シグルドは鋭くハーヴェイを睨みつける。
「何のつもりって、思いっきりそういうつもりなんだけど。そう睨むなよ」
「酔っ払いはさっさと寝てしまえ」
「酔ってねえよ」
 ハーヴェイはむっとして子供のように抗議の声を上げたが、充分酔っている。ふりかかる吐息から、身体から、先ほど飲んでいたラムの臭いが漂っていた。
「俺とこうすんのが、嫌なのかよ?」
「好きとか嫌いだとかそういうことじゃなくて、酔った勢いでやられるのはっ…んっ!」
 言葉を遮るように口付けされて、剣を握る無骨な手で身体中を愛撫される。その手の動きは普段のものよりも幾分か優しい。
 だが、正直酔った人間に優しくされても気分は複雑だった。
「別に勢いっつうわけじゃねえんだけどな。じゃあさ、お前が好きで好きで欲しくてたまらねえっつったら応じてくれるか?」
 更には普段は聞くことのない口説くようなその言葉にぎょっとして男を見上げる。真摯な、だけどどこか切羽詰ったような不安そうな、潤んだ緑の瞳。平常、あまり見られない顔に鼓動が跳ねた。
 だが――
「言葉で俺を丸め込もうというのか? らしくもない…もしその気ならいつものように俺を夢中にさせてみろ」
 そう答えて、じっと緑の目を見返す。ハーヴェイは目を丸くしたが、やがてその顔に挑戦的な笑みを浮かべた。
 獣を思わせる目。そうだ、お前はそうでないとな。
「言ってくれるじゃねえかよ。じゃあ、遠慮しねえぞ」
 ハーヴェイはシグルドの服を乱暴に剥がすと、シグルドのものを強く握り締めた。瞬間、シグルドの身体がびくりと跳ねる。
「んっ! ああっ…もっと優しくやれっ…うっ…っ!」
「こういうのがお好みなんだろ。…ほら、だってもうこんなにでかくなってきてるぜ?」
 ハーヴェイは顔をにやつかせながらながら、尚も強く擦り撫で続ける。
「や…っ!」
 自然と声が漏れるのを、息が荒くなるのを、背がのけぞるのを、腰が揺らめくのを止められない。
「うっ…、…ああっ!!」
「早えな。ためてたんじゃねえの。…まだ出てるぜ?」
 ハーヴェイはシグルドから吐き出されたそれを手で掬い取ると、淡々とした動作で後ろに塗りこんだ。そして、シグルドの身体をひっくり返し、うつ伏せにして腰を掴んで引き寄せる。
 酔ってるくせに手際だけはいいな、いや、こいつの場合酔っているからだろうか、と半ば感心している間にハーヴェイの猛っていたそれをほとんど無理やりにねじ込まれた。
「っ…、痛…い、…少しは加減しろ…っ!」
 どうせ聞く耳など持っていないと思いながらも抗議の声を出さずにはいられない。そのハーヴェイは先ほどから奇妙なほどに黙ったままだ。
 ハーヴェイがどんな顔をしてるのか分からないが、シーツを掴んで深く息をついてせめてこれ以上痛くならないように力を抜いた。
 少ししてから、先ほどと同じように何の前触れもなく唐突に揺さぶられ、いきなり訪れた快感の波と自分を弄る男の熱に、あとはもうシグルドも翻弄されるままだった。
「ハーヴェ…イ…、ん、うっ…はぁ…っ!」
「く…っ!」
 背後からハーヴェイの掠れた声が降ってきて、無意識の内にぞくりと背が震える。
 それから、いつの間にかシグルドもハーヴェイと一緒になって、腰を揺らし始めていた。
「はっ…、ん…ぅ…、ふ、ぁっ…!」
「…、っ…、シグ、ルド…っ!」
 男がぶるりと震えたかと思うと、中に熱いものを注がれたものを感じて、シグルドもまた熱を吐き出していた。

 そのまま崩れ落ちたシグルドの上に、先ほどまで好き勝手にもてあそんでいた男もまた脱力して乗りかかった。背中に男の荒い息がかかる。生温かい。
「ハーヴェイ、重い…」
「綺麗な背中だなぁ…」
 それは女性に言うべき言葉だろうと思いながらも、その背に優しいキスを繰り返されれば、先ほどの情事の名残もあってか、ぼんやりしてしまう。その心地よさに目を閉じた。
「うう、やっぱ眠ぃ…」
 キスの嵐が終わると、ハーヴェイは甘えるようにシグルドの身体を抱きしめた。
「これからは酔いに任せてやるんじゃない、いいな」
 シグルドは向き直って先ほどのキスのお返しに口付ける。シグルドの言葉に、おー、と空返事しながら、今度こそハーヴェイは深い眠りに落ちていった。
 そのあまりに幸せそうな寝顔に、はぁ、とシグルドはため息を吐く。
「また先に寝やがって。せめて後始末くらいしろよ」
 しかも、また中に出されてそのままだ。
 ハーヴェイの身体を拭いながら、一体自分はどこまで甘いのだと苦笑する。
 だが、結局こうしているのが、不快でも、嫌でもなくて、嬉しいらしいのだから我ながらどうかしている。
 自分の寝台を占領している男を優しい眼差しで見下ろしながら、明日起きて最初に謝ってこなかったら、とりあえず一発殴っておこうとシグルドは固く誓った。


*

酔っ払いハーヴェイの話。
ていうか、すいません、これを最初に起こした時、私自身も酔ってました…(苦笑)。
二人がどれくらい酒の強いかどうかという設定はつけてはいないのですが、ハーヴェイは強そうだなーと思います。シグルドは酔うとどうなるんだろう。意外と性質の悪い酔い方しそうな気がするんですけど(こら)。それとも、やっぱり…「もう食えん」かな?(笑)

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