―神殿前― 私は評議会館を出た。 議長さんがしゃべりやすそうな人だったので、とりあえず、安心した。何か分からないことが彼女に尋ねることにしよう。 これからまだ日が落ちるまで時間がある。 さっきカナンさんと話をした通り、一人で国内を少し歩くことにしようか。 さしあたって、評議会館の隣にあるワクト神殿に行くことにした。 中に入ると外観と同じように中も荘厳な雰囲気に包まれていた。私は思わず天井や壁、柱、梁に施された細工を見つめる。 ふと正面に目を向けると男性が中央にある水晶らしきものを見入っていた。 何をしているのだろうか。私はじっとその男性を見つめた。 そして、暫くして男性がこちらを振り返った。男性は慌てた様子だった。 ??? 「驚いた。お嬢ちゃん、いつの間に」 褐色の男性だった。年は先の議長と同じくらい…のような気がする。が、雰囲気は若々しいのでよく分からない。でも、19歳は超えていそうな気がした。とにもかくにも初老という域に差し掛かった頃だろう。先の評議長の服と色違いの翠色のローブを身に纏っていた。 ??? 「気配がなかったぞ。実はお嬢ちゃん、可愛い顔をしてかなりのやり手だろう?」 男性はにかっと不敵な笑みを見せた。私は頭をぶんぶん振ってすかさず否定する。 「ち、違いますよ!」 男性は私のその態度がおかしかったのか、大口をあけて豪快に笑った。 ??? 「ははっ、冗談さ。ただ単に俺がぼうっとしていて気づかなかっただけだろうね。ところで、君は移住者だろう。移住の手続きなんかは終わったのかな?」 はい、と頷く。 ??? 「それは結構。これからは同じプルト国民としてよろしく頼む」 次に男性は自分のことをレグルス、と名乗った。 レグルス 「職業はミダナァムだ」 「ナァム?」 レグルス 「ナァムというのは、一種の司祭みたいなもんだ。ここではショルグ長もウルグ長も議長も主に実力がある者が選ばれるが、ナァムだけが代々家柄を重んじられる。ただ、俺は成り上がりのナァムだがね」 彼はふっとひどく辛そうな顔を見せた。しかし、それもほんの一瞬で彼はすぐに表情を戻した。 レグルス 「平穏が崩れることがあればその役目も変ってくるとも思うが、今のところの仕事は新年祭で舞を披露することと、評議員として国の方針を決めることが主だ。ま、折角だから明日の新年祭でその舞を見に来てくれや」 ??? 「あ…!」 レグルス 「お?」 二人しかいないと思っていた空間に三人目の声がして、私は驚いてそちらを向いた。年若い少年が、丁度神殿の入り口の方から歩いてこっちに向かっていた。 レグルスさんと同じような褐色の肌のした少年だった。私よりも少し年下、まだ成人したばかりに見えた。これで学生用の服を着れば、学生で通りそうな感じの初々しい少年だ。 ??? 「こんなところにいたんだ。はあ、やっと見つけたよ…」 レグルス 「なんだ、探してたのか?」 少年はレグルスさんに近づいてくる。 ??? 「うん。母さんから伝言預かってきたんだ。帰りに料理の材料を買ってきてほしいんだって」 レグルス 「ほいほい、了解。ああ、そうだ。せっかくだし、紹介しとくか。お嬢ちゃん、こっちのちっこいのは俺の息子だ。名前をオルガノという」 オルガノ 「ぼ、ぼくがちっさいのは、ぼくのせいじゃない!」 オルガノくんは真っ赤になっていた。 「親子、なんですよね…?」 不躾と思いつつもまじまじと二人を眺めてしまう。顔や身長もそうだけど、何よりも雰囲気が全然違うのだ。かろうじて似てるのは褐色の肌くらいなものだ。 レグルス 「似てないってか? …ま、確かになあ。おれに似たのはこの肌くらいで、あとはぜーんぶ奥さん似だし」 でも、それがまたかわいいんだけどね、と言って、レグルスさんは自分よりも頭一つ分違うオルガノくんの髪をわしわしとかき回した。 オルガノ 「痛いってば!」 レグルスさんは笑いながら、次にはオルガノの頭をぽんぽんと軽く叩いた。 レグルス 「さてと、おれは愛する奥さんからのお願いを果たすとしますかね。それじゃあ、あとは若い二人で楽しんでちょうだいなっと」 そう言ってレグルスさんは手をひらひらさせて去っていた。 オルガノ 「まったく、相変わらずな人なんだから」 「面白い人だね」 オルガノ 「そ、そう、かな…。というよりも、子供っぽいだけような気がするんですけど…」 「ふふ、そうかもね」 さっきのやりとりを思い出して笑う。 すると、いつの間にかオルガノくんが変な顔でこちらをじっと見ていた。 「どうかした?」 オルガノ 「え!? あ、えと、な、なんでもないんです。えっと、それで、さっき父さんも言っていたけど、ぼくはオルガノといいます。あなたは?」 私は自分の名前を告げた。 オルガノ 「はい、分かりました。どうぞよろしくお願いします。えーっと、僕もこれから用事があるから…」 失礼します、とオルガノくんも去っていった。 さて、もう誰もいなくなってしまったし、私も神殿を出ることにしよう。 →次へ |