父と子


レイドは、元々、体の弱い子供だった。
その性格から、そうは見えないかもしれないが、逆にそれを誤魔化すかのように強気の姿勢を見せていると言ってもいいかもしれない。家族や友人とのおしゃべりは、彼にとって唯一心の安らげる時間だった。その間だけは自分の体のことを忘れる事ができるからだ。

青年となってからはそうでもなくなったが、レイドが幼かった頃、少し無理をしただけで体を壊してしまったことが度々あった。
そういう時、レイドの母ルシマや父ルヴィースは、仕事を休んで彼の看病に当たった。


「…」
レイドが瞳をゆっくりと開けると、そこには見慣れた天井があった。
少し寝返りを打とうと横を向くと、それだけで関節が痛み、体もひどくだるかった。
あぁ、そうだ。俺、熱で倒れたんだっけ。
そんなことをおぼろげに考えた。
「レイド、大丈夫か?」
その言葉と同時に父ルヴィースが部屋の中へと入って来た。
彼は、ベッドの横に座るとレイドの頭の下に敷いてあった氷枕を取り替えた。
「最近、無理をしていたもんな。だけど、ちゃんと体のことも考えきゃ、ダメだぞ。
何か欲しいものはないか? 少しは何か食べなくちゃな、後でルシマに頼んで…」
「…親父は、いいよな…」
「ん?」
「体が、丈夫だから…」
「俺の取り得だからな」
はは、とルヴィースは笑う。
「親父が俺くらいの頃なんて、元気に遊び回っていたんだろ…?」
「まぁな」
「…なぁ、どうしてなんだよ? 兄貴達だって普通なのに、どうして?
俺、こんなんじゃ、何もできない…。ショルグ長になるって夢だって、叶えられない…!
どうして、どうして、俺みたいな子供をつくったんだよ…!
俺なんて、生まれてこなければ良かったんだ…!」

…むしゃくしゃする。落ち着かない。
こんな日、普段は考えないようにしていたそれが事実として、つきつけられる。
考えれば考えるほど、悪い方へ悪い方へと思考が偏ってしまう。
不安にかられて、どうしようもなくなってしまう。
きっと、熱が高いせいだ…。

「…レイド、落ち着くんだ。な?」
レイドの体は熱のせいか、それとも気持ちが昂ぶってるためか、少し震えていた。
「お前らしくない弱気な言葉だな…。いつだって頑張りやなのはお前の良い所だろう?」
「だけど、だけど…。」
「出来ない、って自分で認めた時点でホントに出来なくなるんだ。
自分で決め付けない限り、叶えられない夢なんてないはずだぞ。
それと…」
ルヴィースはレイドの体を優しく抱きしめた。
「…生まれなきゃ良かったなんて言うな…。
お前が誕生した瞬間、俺やルシマがどれだけ喜んだか。
ファスやウィザが、弟ができたと、どれほど喜んだか。
お前は俺の大切な宝物なんだ。俺達の生き甲斐なんだ。
だから…、自分の存在を否定するような悲しいことは決して言うんじゃない」
レイドは自分を見つめる父親の瞳を見据えた。その瞳には優しい光が宿っていた。
「俺やルシマは、ずっとお前を見守っている。
どんな時だって、お前のことを、お前の幸せを願っている。
俺はお前の親だ。お前は俺の大切な息子だからな」
「う…」
少年の瞳から、ぽたりぽたりと雫が流れ落ちたかと思うと、彼は父親の大きな体にしがみついて赤ん坊のように泣きじゃくった。
父親は、少年が落ち着いて眠りに落ちるまで、その背中を優しく撫でていた。







それから10年以上の月日が流れた。
かつて少年だった男も、年を重ね、結婚し、子供を作り、父親となった。

レイドは、またあの時と同じ、ベッドの上にいた。同じ天井が自分を見下ろしている。
もう一度、瞳を閉じたなら、きっともう二度と瞳を開ける事はないだろう。
けれども、あの時に聞いた父親の言葉通り、ずっと頑張ってきたのだと、レイドは胸を張って言う事ができる。ショルグ長になるという夢こそ叶えることはできなかったが、それでも、精一杯自分の人生を生きることができた、と。
「生まれてきて、良かった」
それが、彼の最期の言葉となった。





父親は息子の葬儀で、ただ一言、呟いたという。

「お疲れさん。これまでよく頑張ったな…」




あとがき


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