■第九話『新たな子供がやってくる』

それは、アムラームがジマ杯で優勝した数日後のことです。
夕暮れ時、一人の少女がリム区西邸―ジマショルグ長であるファレーネ・フェンの邸宅の扉の前に立っています。二つに結ったお下げが印象的な少女で、年の頃を見れば、もうすぐ成人といったところでしょうか。

アヤメ
「大丈夫、大丈夫…。うん」

少女は心の中に、先日亡くなった母親の顔を映し出しました。そして、最期の言葉も。
「アヤメ、ごめんね」
アヤメは、議長である父ルーカスをその年の始めの頃に亡くしていました。そして、それから暫く経った後には母キャサリーンもその父の後を追うようにひっそりと亡くなったのです。アヤメは二人が亡くなってしまったことで、「孤児」となってしまいました。
プルトでは成人前の子供は一人では暮らすことができません。アヤメは来年成人で、本当に僅かの間だけだったのですが、どこかに養子に入らねばならなかったのです。
養子先は通常、信頼のおける評議員のところで、そして今回のアヤメの養子先にも、このジマショルグ長であるフェン家に選ばれたのでした。

アヤメ
「…でも、やっぱり不安だなあ。それに…まだ、ママのこともパパのことだって整理できてない。いろいろぐちゃぐちゃのままだよ…」
ウィロー
「…おい」
アヤメ
「…」
ウィロー
「おい、アヤメ」
アヤメ
「は、はいっ!?」
ウィロー
「そんなところでぼうっと突っ立って何してる」
アヤメ
「え、えと。その、ヤナギさん…?(のほうよね…?) えと、わたし…(そ、そうだった、ヤナギさんってショルグ長さんの息子さんだったんだ。ど、どうしよう…。上手くやっていける自信ないよ…。汗)」
ウィロー
「…ああ、立ち去れって意味で言ったわけじゃない。話は母さんから聞いてる。今日から母さん達の養子になったんだろ。だから、こんなところで突っ立てるよりも早く入ったほうがいいと思うんだが。さすがにこれから夜になったら冷えて風邪を引く」
アヤメ
(… …あ、あれっ? ヤナギさんって実は優しい人…?)
ウィロー
「やっぱり入りにくいか?」
アヤメ
「…う、うん、少し」
ウィロー
「無理もないな。いきなりだった。もうお二人とも高齢だったとはいえ、ショックも大きいだろ。その上、とどめによく知りもしない家に養子に出されるときた」
アヤメ
「ヤナギ、さん」
ウィロー
「とはいえ、おれがいうのもなんだが、うちはそう悪くないと思うぞ。おれにとっては騒がしくて嫌になるくらいだが。月並みだけれどな、遠慮なんてしなくていい。まあ、お袋の前じゃ遠慮の「え」の字さえもできなくなるさ。ほら、早く入れ」
アヤメ
「…うん」



ジェイド
「あ、来たみたいだよ、父さん」
ウィロー
「父さん。こいつがアヤメだ。家の前で立ち往生してたから、連れてきた」
アムラーム
「そうか、遅かったから心配していたよ。こんにちは、アヤメちゃん」
アヤメ
「あ。こんにちは、はじめまして。アヤメです」
アムラーム
「何度か学校で会ったことがあるだろう。覚えているかな?」
アヤメ
「あ、はい。それに、今年のジマ杯で優勝されていましたよね」
アムラーム
「ああ。知っているんだ。光栄だな。息子達がまだ学舎にいたとき、ときどき遊んでくれていたようだね。ありがとう」
アヤメ
「いいえ…」
アムラーム
「まずは自己紹介をしよう。私はアムラーム。今日から君の父親だ。とはいっても、もう君は成人間近だし、本当に形式上での親子になってしまうと思うのだけれどね。君だって、ルーカスさん以外の人を父親だと認めるのはそう簡単ではないだろう?」
アヤメ
「…」
アムラーム
「だから、そういうことは気にしないでいい。父と呼べなければ、それでもいいよ。年の離れた友人だと思ってくれてもいいし。幸い、ヒスイやヤナギと年が近いし、学校でも話したことがあるみたいだから、いろいろと教わるといいよ。ね?」
アヤメ
「はい…。ありがとうございます、アムラームさん」
ジェイド
「父さんってば、いつになくめちゃくちゃ緊張してるね」
アムラーム
「う、だって、なあ…」
ウィロー
「無理もないだろ。これまで息子しかいなかったんだから。それも6人も」
アヤメ
「え…?」
ウィロー
「ん? なにを驚いた顔をしてるんだ?」
アヤメ
「あの、6人って? ヒスイさんとヤナギさんの2人だけじゃないんですか?」
ジェイド
「ぼくらの上にも4人いるんだよ。もうとっくの昔に結婚して家を出てるけど。ほら、アヤメちゃんと同じ年にズベイル君っているんだけど、知ってる?」
アヤメ
「はい、もちろん知ってますけど。ズベイル・フェン君、ですよね? あ! フェン姓って…」
ジェイド
「そう。上から3番目のコハク…アンバー兄さんの息子。ぼくらの甥だよ」
アヤメ
「へえ、そうだったんだ」
ウィロー
「お前も議長夫妻の遅くに生まれた子だろ? 年の離れた兄弟がいるよな? うちもお前のところと似たようなものだ。まあ、うちの場合はその子供を作った理由はともかくその結果が少し笑えるんだが」
アムラーム
「ははは…(苦笑)」
アヤメ
(ど、どんなふうだったんだろう?)
ウィロー
「まあ、だから多少は近くに感じられはしないか?」
ジェイド
「折角、こうして兄妹になれたんだ。仲良くしていこうね」
アヤメ
「…うん」
アムラーム
「しかし、ファレーネも遅いな。何かあったのかな?」
ファレーネ
「たっだいま〜!!!」
ジェイド
「あ、噂をすれば、ってやつだね」
ウィロー
「しかし、いつにも増してなんてデカイ声なんだ。しかも、妙に高揚してないか?」
ファレーネ
「…ええっと。いたー!! あ、アヤメちゃん! あ、あなたが、アヤメちゃんね!!」
アヤメ
「え、えっと。は、はい…っ」
ファレーネ
「うわあ。家に帰って娘が出迎えてくれる…。今までに夢見たシチュエーションが、ようやく。ようやくだわ…! しかも、こんなに可愛い子…。うっとり」
アヤメ
「あ、あの…(汗)」
ファレーネ
「ああ、遠慮なんてしないで、ね。アヤメちゃん。もう、本当に遠慮なんてしちゃ駄目よ。なんでも私に言ってくれていいからね! ほら、見て。このぬいぐるみ、アヤメちゃんのために買ってきたの〜♪」
アヤメ
「え、ええと…(汗汗)」
アムラーム
「… …ファレーネ、突然のことにアヤメちゃんがついていってないぞ」
ファレーネ
「はっ、そうね。私としたことが…。まずは挨拶しなくちゃね。こほん。私はファレーネよ。今度からアヤメちゃんのお母さんになります(ぺこり)」
アヤメ
「あ、は、はい(思わず釣られてぺこり)。わたしはアヤメです。これからよろしくお願いします。ファレーネさん」
ファレーネ
「あーん、『ファレーネさん』だなんて、他人行儀だわ〜。むぅ、でも、仕方ないわね。アヤメちゃんだって、キャサリーンさん以外の人を母親にだなんて、そう簡単に認められるわけはないものね」
アヤメ
(あ、アムラームさんと同じこと…)
ファレーネ
「それに、まだ亡くなったばかりで、気持ちの整理もついてないでしょう。いきなりこんなふうに大騒ぎしてごめんなさいね。けれど、うちには息子達しか生まれなくってね。上4人が誕生した時に一度は諦めたんだけど、やっぱり欲しくなっちゃって。でも、結局誕生したのはこの二人ってわけなのよ」
アヤメ
「ああ、理由ってそういう…」
アムラーム
「あー…、ファレーネ? それを言うのはよしなさい…。少し恥ずかしいから」
ファレーネ
「いいじゃない。もうアヤメちゃんはうちの娘でしょう?」
アヤメ
「…」
アムラーム
「いや、確かにそうなんだがなあ…」
ファレーネ
「だったら、気にしない気にしない。恥もなんのそのよ」
ウィロー
「(ぼそり)…どうだ、遠慮なんてできないって言っただろ?」
アヤメ
「(ぼそり)…うん、本当だね」
ジェイド
「(ぼそり)…やっていけそうかい?」
アヤメ
「… … …(一歩前に出る)…ええと、アムラームさん、ファレーネさん。わたし、パパ…ルーカスパパやキャサリーンママが亡くなったばかりだから、まだ本当に中がぐちゃぐちゃで。悲しいばかりだけれど。でも、もう少し経ったら、家族になれるようにがんばりますから。だから、…アムラームパパ、ファレーネママ、それまで待ってて下さい」
アムラーム
「アヤメちゃん…」
ファレーネ
「… … …」
ジェイド
「アヤメちゃんは強い子だなあ、前向きで。ねえ、ヤナギ、そう思うだろ」
ウィロー
「…まあな」
ファレーネ
「…ママ。ママ…? ママ…! ファレーネママって! ああ、アヤメちゃん、アヤメちゃ〜ん! アーヤーメーちゃ〜ん!!!(ぎゅ〜っと抱きしめ)」
アヤメ
「き、きゃあっ。く、苦し…っ!」
アムラーム
「ファレーネ、こら、離してあげなさい! 嬉しいのは分かるけれども!」



アヤメ
(キャサリーンママも、ルーカスパパも、安心して下さい。新しいママはキャサリーンママと違って、妙な元気さと明るさを持ったとても不思議な人でした。でも、私が養子にきたことを歓迎してくれました。本当はこんな大きな子供を引き取ることになって、迷惑がられるんじゃないかって心配していたのに。新しいパパはちょっとルーカスパパと似てます。あったかくて、優しくて、でも、力強くて。だから、大丈夫。わたし、なんとかやっていけそうです。だから、二人ともワクトの元から見守っていてね)



ジェイド
「…ところで、母さん達はアヤメちゃんのことを兄さん達にも紹介するつもりなのかなあ?」
ウィロー
「…あいつらなら、こっちから紹介しなくても向こうから来ると思うが。それも、母さんと同等かそれ以上に思いっきり可愛がりそうなものだとおれは思うのだがな。特に4番目辺りが。…おい、ヒスイ、おれは想像だけで疲れてきたぞ…」
ジェイド
「… …ぼくもだ(汗)」

ということで、養子がきたのです。それも、こ〜んな可愛い娘さん♪ ルーカス&キャサリーン・ポー議長夫妻の晩年に誕生した子供です。確かに両親の寿命がちょいと危ないだろうなあ、とは踏んでたんですけど、自分のところにくるとは。
にしても、母親そっくりでなんて愛らしい。ちょっとではなくかなり不謹慎ですが、つい喜んでしまいました;

例え養子でも娘には違いないですから。成人までの僅かな期間、しっかり可愛がりましたとも〜。アムラーム似の娘ではないですが、「ママ」ですよ、ママ! 「クッキー、持って行きなさい」「ありがとう、ママ」。転んだ。転びましたとも(笑)。勤勉さが低い性格もたまにはいいと思いました。
…お弁当を渡してる間に、途中で+になって「お母さん」に変わってしまったんですがね…(ちょっとだけ寂しい)。

第8話 / 戻る / 第10話